「きずくこと」

は今年、30歳を超えた。
正直言うとこの年になるまで遊びほうけてた。まあそれなりに働いてもいたけど、それ以上に家には帰らなかった。父親が早くに死んでいたせいもあって、母親には相当の苦労を掛けてたんだと思う。でも、俺は俺の生活のほうが楽しかったし大事だった。言っちゃえば本当、バカ息子ってやつだよ。
 
 
あれは夏の暑い日の事だった。携帯が震えて、ディスプレイを見たら知らない番号。だれかケータイ変えたのかと、出てみれば知らない女だった。
 
 
「もしもし」
「誰?」
「お母さまが――」
「おふくろ?」
「倒れたんです」
 
それからの言葉は真っ白な頭に全く入ってこなかった。どうやら日々の心労がたたったらしい。まだ軽い脳震盪で、でも生活には少し支障が残った。
俺は、遊ぶのをやめておふくろの面倒を見ることにした。おふくろの介護は、俺にしかできない。俺はとんだバカ息子だが、そのくらいの良心は残ってる。
 
働かなければお金がない。しかし、まともに働いた経験がなくどこへ行っても長く勤めることができなかった。それに、働きながらだとおふくろを見ることが出来ない。
俺には仕事なんて、ほんとは向いてないんだって。
結局、またぼーっとする日が続いてしまった。
 
 
「っただいまー」
遊びに行って、ちょっと遅くなった。いつものおかえりがない。
「おふくろ、怒ってんの?」
ダイニングのドアを開けると、そこには一番観たくなかった姿があった。
「おふくろ!」
ダイニングで倒れているお袋を抱え、救急車を呼ぶ。手術のランプがついて、そしてまた、真っ白なままで何時間も待った。
おふくろは一命はとりとめたものの、重い後遺症が残ってしまった。半身不随だ。
俺のせいだ。俺がおふくろをほったらかしたから。俺がしっかりしないと。
焦れば焦るほど、仕事もうまくいかない、今まで以上に母も手がかかるようになる。治療費も払えない、電気代、ガス代も。
でも、おふくろには、金がないなんて言えない。
慣れない仕事に疲れがたまりながら、車いすを押す。夏の暑さは引いて、亜樹の涼しい風がお袋の白くなった髪を揺らした。
「ねえ」
「なに」
「家、売ろうか」
「おふくろ?!」
 
 
俺は慌てて前にいく、おふくろのまえに膝をついた。思っていたよりもずっと穏やかな顔で、おふくろは笑っていた。
「あんた今大変なんでしょ。顔見ればわかるよ」
「だからって家を売ってどうすんだよ?!」
「あたしだってまあもうこんな体になってるし。おっきい家にいたってしょうがないでしょ」
「でも……」
「いいんだって。あたしも耄碌したわけじゃない。あんたとこれから生きていくために言ってんだよ」
母の言葉に涙がこみ上げる。女手一つで育ててくれた母に恩返しが、したい。
 
 
家を売りに出して1か月が経過したときのこと、早く売ってお金を手にしなればならないのに、まだ買い手がつかない。不動産会社が悪いわけじゃないとは思うけれど。それでもどうしても、『どこよりも高く売ります!』という文句がきらきら光って見える。
目移りしそうになった時、あの秋の日のお袋の笑顔が瞼の裏にちらついた。
 
 
とにかく高く売ることにだけ目がいって何も見えていなかった。あの時、焦って仕事が手につかなかった俺と、全く同じ。はっとした。
また同じ失敗をする。このままでは。
俺は「家を売る」ことを勉強した。どうしたら評価額が高くなるか、印象がよくなるか。より良い方法は。仕事の後で勉強をし、評価をきちんとやり直し不動産会社と相談して再度販売をかけた。
 
 
それからさらに時がたち、また暑い夏の日がやってきた。
土カタの仕事は肩と腰に来る。おふくろの待つ家に帰ると、なぜだか大量の手料理がテーブルに準備されていた。その中には俺が一番大好きなお袋の《味噌汁》も用意されていた。
 
「おふくろこれ」
「家、売れたみたいだね」
「う、うん」
「お前が良く勉強したからだよ。ありがとうね」
おふくろの目の端から一筋涙がこぼれて、俺の視界も、じんわりとにじんでいった。
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