「あなたがいること」

「結婚おめでとう!」
「その若さでお家を買えちゃうなんてすごい!」
抜けるように晴れた結婚式の日、まるでテンプレートみたいに風船が空に舞っていく青空の下で、私の人生は一つの転機を迎えた。
幸せいっぱいで、夫もきっとそうだったと思う。
だからこそ、あれからたった3年。
もう一つの転機を迎えるだなんて、とても思っていなかった。
 
 
夫は外資系の仕事をしていたが、基本的には国内のみの営業担当 だった。もちろん不安もあった。家を買うのに、海外に赴任ということになったらどうなってしまうか。しかし、夫は「ぜったいに大丈夫」と笑っていた。家を買うのは、夫の夢でもあった。
私は夫の上司とも話をしたことがあったし、夫が海外に行くことはないと断言して、国内にも人材をとどめないと。と言ってくれていたのもあって、それを信じることにした。
結婚から今日までの三年、帰宅が遅いことはあれど海外に行くことはなく、夫の上司は本当に夫をかわいがってくれていた。それは間違いのないことだ。
専業主婦である私は、その日も家で夫の帰りを待っていた。今日はあまり遅くならないといっていたのに、時計の針はもう11時を回る。さすがに心配になって電話をかけようと携帯を取り出した時、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま」
「おかえりなさい、どうしたの......?」
夫は明らかに疲れ切っていた。上着を受け取ってテーブルに座らせ、食事の前に温かいお茶を出す。夫はそれに少しだけ口をつけ、そのあと私を見て小さくつぶやいた。
「海外転勤になった」
「......え?」
 
私は言葉を失った。
夫の話では、どうやら上司が突然の人事異動で上が変わったらしく、期が変わると同時に夫へ海外赴任の白羽の矢が立ったらしい。そもそも外資の会社だ、国内にいるのは本意じゃないだろうといわれ、夫には断るすべがなかった。
いつか来るだろう未来だと、私も思っていた。しかし抱えている問題は、私と夫の身一つではない。
とにかく食事をさせ、混乱する頭を収めるために眠ることにした。
 
 
そして今日がやってくる。
「家、どうするの」
「うん」
「あなたが悪くないのは知ってるけど、でも......」
「ごめん」
夫の一言に、一筋涙がこぼれた。
 
 
それからずっと、私は考えている。辞令は一か月後。準備もしなくてはいけない。決断は早くしなくては。
夫は、自分だけ単身赴任でも問題ない、お前は家にいて、日本にいてくれても構わないという。でも、まだ結婚して3年。しっかり夫を支えてあげなければ。でも慣れない異国の地で、しかも買った家を手放して――私には決断ができなかった。
困った末、夫の同僚の妻で、私の友人でもある女性とランチに行くことにした。
「そうなんだ、旦那さんついに......」
「うん。家も買ったのに、どうしようって」
「……私さあ」
彼女は冷めたコーヒーを飲みながら言う。
「きっと家自体が大事なんじゃないんだと思うんだよ。家が大事なんじゃなくて、そこに誰と住むかが大切なんじゃない?」
 
 
その日の夜、夫が帰ってくるのを、私は待っていた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
気まずそうなのはもうあの日からあまり変わらない。私と夫は、夕食を囲み、コーヒーを飲む。私はゆっくり切り出した。
「私も一緒に行くわ」
「......いいのか」
「いいの。この家を売って、新しい所へ行く」
「海外だぞ」
「うん。でも、どこに住むかより、誰と住むかが大事だと思うから」
 
 
あれから1年。
かつての家を売った資金を元手に、私たちは小さいながら海外でアパートに住んでいる。
あの時の決断は、決して間違っていないと信じている。
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