さよならじゃないよ

「そろそろうちも手狭になってきたし、売ることにしない?」
妻がそう言いだしたのは、2人目の子供を授かった直後のことだった。
今住んでいる家は1dk、確かに手狭だ。
子供がまだ小さいので、僕たち自身に金をかけることが出来ず、夫婦2人で住んでいたときと同じマンションに住み続けている。でも、2人目が生まれてきたら、とてもじゃないが成長を待つことは難しくなってしまう。それは、金銭的にも、妻の体力的にも。僕の収入が急に跳ね上がることもないだろうし、今が一番引っ越し時かもしれない。
「そうだね。保育所も遠いし、近いところに引っ越そうか」
「そうと決まれば不動産会社さんに相談してみましょ」
姉さん女房の妻は行動力がある方で、僕の仕事の休みの日、お腹に子供がいるにも関わらず一緒に不動産会社へ向かってくれた。結婚する前も、してからも、優柔不断な僕を心配したのかも、しれない。情けないことではあるけれど。
不動産会社の営業の女性は、明るく快活でいい感じの人だった。
「売却ですね。そうなりますと、広告を新聞や雑誌、インターネットなどに掲載する方法がいいかと思います」
「広告……?」
「はい。そうしますとたくさんの人が見ますから、早く買い手が見つかりますよ」
笑顔の営業さんを見てから、妻と目を見合わせた。
実は、僕たちの住んでいるマンションには家族ぐるみの知り合いがとても多く、出来たら「売却して引っ越す」ということは秘密にしておきたかったのだ。売却が悪いことではないとはもちろん思っているが、今後も付き合いを続けるのに余計な金銭的探り合いはしたくなかった。引っ越しのあいさつはもちろんするけれど……、でも、売却の額が広告に乗ったりすると、いくらで売ったのとか、どれくらいだったのとか、そういうのは煩わしい。
「出来たら広告に掲載するのはやめて頂きたいんですが」
「ですが奥様。それでは人目に情報が触れませんから……」
「でも立地はいいし、マンションの高層階だし……一度やってみてください」
「……分かりました。やってみます」

それから2ヶ月が経過した。しかし、一向に買い手はみつからない。妻は痺れを切らし、別の不動産会社にも話をしに行ったが、回答は同じ。広告掲載をしないと難しいということだった。
そうこうしているうちに、妻の体調が思わしくなくなった。僕はいよいよ焦り始め、会社で同僚に相談してみた。
「そんなことになってるのか、大変だな」
「そうなんだよ」
「でも俺が家を売った時はそんなことしなかったけどな?」
「その不動産会社紹介してくれないか?!」
同僚の勧めで、ほとんど藁にもすがる思いで次の休みにそこの不動産会社に向かった。落ち着いたウッド調の車内が綺麗な会社だった。
営業さんは少し年上の男性。笑顔が優しい人だ。
「売却ですね」
「はい、あの……広告掲載は出来たらしないで欲しいんです……」
「かしこまりました」
「えっ?」
男性はあっさりとうなづいた。今までの苦労釜嘘のようにあっさりと。
「いいんですか」
「はい。弊社のネットワークを使って、情報を弊社内だけで共有しますから、買いたいという方を見つけられるんです」
「そ、そうなんですか」
「買い手が見つかり次第ご連絡しますね」
その日は半信半疑で家に帰った。妻にその話をすると、とりあえず待ってみたらと言われたので、待ってみることにした。

それから1週間ほど経った。仕事を終え、携帯電話を見ると不動産会社からの着信。僕は慌てて折り返した。
「もしもし」
「お客様、お待たせして申し訳ございません。見たいという方が2名ほどおりまして、ご都合の合う時に見学に伺いたいと……」
「本当ですか?!」
まさかのトントン拍子に、信じられない気持ちもありながら、了承の返事をした。
それから、土日の休みを使って、一気に2組を内覧に迎えたが、どの人たちもとても感じがよく、内覧の上で買取の希望のあった若い夫婦に売却することが決まった。聞けば、お腹に子供がいるとか。妻と仲良くなり、友人になったようだった。

それから僕たちは、おなじ不動産会社で新しい家を探してもらった。そこも中古住宅だったが住み良さそうで、買うのと売るの、両方を体験することができた。あの時家を売った夫婦とは、今でも交流がある。
そして今、僕は、2人の娘と最愛の妻に囲まれ、素敵な家で暮らしている。
20398536efd4519fb46f09ee503c52ba_s

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

-----------------------------------------------

不動産の売却とは
お客様の一人ひとりの未来を描き人生を一層豊かにすること
過去に取引のあったお客様の中から特に印象深いエピソードを公開しております。