column

家づくりの知識

不動産の売却話 【なんとかなる!】

沈みゆく船から脱出するような、そんな希望が見えた気がしたんだ。

俺は、バブル期に働き盛りだった団塊の世代。稀代の好景気に沸く日本で、ニュータウンに物件を購入した。まあもちろんローンで買ったわけだが、俺の仕事はもうかっていたし、マイホームだってそう遠くない未来に返済までできると思っていたんだ。
だが、夢はそう長くは続かなかった。バブルが見事に崩壊し、株価も地価も大暴落した。ヤバイと思った時にはもう時遅しで、5000万円のローンで返済が1億、売ってしまおうにも、1500万円分の価値しか無いという状態に陥ってしまった。

俺には妻と娘が一人いる。売却もできないどん底の不景気に、俺たちは身を寄せ合って生きてきた。勢いで家を買ったはいいものの、住所としては郊外で、交通の便としては都内にはうまく乗り継げば30分くらい、状況が悪いと1時間かかるエリアのニュータウンだった。
しかし、難点はそれだけではない。団地の管理組合での奥様同士のやりとりが異常にめんどくさいとか、ゴミ出し場の位置が遠いとか、購入時には考えなかったが毎日の生活に地味に効いてきて、しんどい生活が続いた。

家を買った当時は小さかった娘もいまや27歳。本来なら就職していてもいい年だが、いまだにバイトで生計を立てている計画性のなさはもはや親譲りなのだろうか。妻は管理組合の組合長をやり、金にもならないが毎日を忙しく過ごしていた。
そんなとき、俺に舞い込んできたのは、何とも言いようのない「不幸」だった。
長く勤めてきた商社が、経営不振による合弁に伴い、従業員リストラの憂き目に遭うことが決まってしまったのだ。俺に白羽の矢が立ったわけではなかったが、いつそうなるか分からない。会社の方針には従わないと、怖い。
そんな矢先のことだった。
「部長、失礼します。神崎です。お呼びでしょうか」
「神崎君、入りたまえ」
これはいよいよリストラかと、半ば腹をくくって俺は営業部長室へと向かった。
「失礼いたします」
「まあそう固くなることはない。実は君に辞令が出ている」
「えっ」
「人事部への移動だ。部長のポストを準備してある。栄転だぞ」
人事部と言えば、社内でも大きな部署、そこの部長。俺の心は弾んだ。
「ありがとうございます」
「ただし条件があってね」
「は、」
「転勤になるんだ。まあ、そう遠くはないんだがね。向こうで3年やってきたら、今度は本社だ。悪い話じゃないだろう」

家に帰って、俺は娘と妻に向き合った。
経緯を話すと、二人は純粋に喜んでくれた。それはもう、拍子抜けなくらいに。
「せっかくだし」
言い出したのは妻のほうだった。
「この際、景気も戻ってきたし、家を売るってのはどうかしらね」
「そうだな……」
「売ってどうすんの。お父さん単身赴任じゃダメなの」
娘の質問に、妻は冷静に答えた。
「お父さんは初めての転勤よ。3年くらいなら、あんただってどうせバイトなんだし、向こうにマンション借りて住めばいいじゃない。会社からも手当てが出るんだろうし。帰ってきたら、あんたもしっかり就職しなさい」
妻はいつでも、強しだ。

不動産の売却は、バブル当時に調べたきりで、最近は大したリサーチはしていなかった。娘がパソコンが得意だというので、娘にいろいろ調べてもらった。
調べた結果、近くの不動産会社が販売も売却もやっているというので、行ってみることにした。
売却価格は、さすがにバブル崩壊当時の1500万円よりは高くなっていたが、それでもそれほど高くはなかった。家の値段も付けて、半値よりちょっと高いくらいだ。
だが、それでも高くなった方。俺たち家族は長年住んだ、不便で、あまりいい思い出はない、だがどうしてか愛着のある家を売ることにした。
買い手がつくのを待っていられなかったので、不動産会社に売却することにした。担当してくれた男性の営業さんは、「きっとすぐに買い手が付きますよ。郊外は人気ですからね」なんて気のいいことを言っていた。あの家を、次はどんな人が使ってくれるのか、もしくはもう使ってくれているのかは俺たちにはもう知るすべがなかった。

転勤した先は、もちろん東京よりは田舎だったが、それでも優しい人の多い、いい街だった。
俺は今、部長として職務に邁進している。妻は管理組合長としての経験を生かして、マンションでも周囲と仲良くやっているようだ。娘も、あくせくしていた時より生き生きしている。今のうちに資格を取って、東京に戻ったらその資格を生かした正社員になると言っている。

家を売った、そのことで、沈みゆく船から脱出するような、そんな希望が見えた気がしたんだ。
家族が再生してくれるような、そんな明るい希望が。