「猫屋敷」

動産会社には、たくさんの来客がある。新婚のカップルもいれば離婚するから家を出る人もいるし、一人暮らしに目を輝かせる若者がいれば老夫婦がこれからの第二の人生の住処を探しに来ることもある。
そんな私が見たことのあるあまたのお客様の中でも、特に印象に残っている人の話をしようと思う。
 
 
 
私の担当している地域には、世に言う猫屋敷があった。外から見ると、外壁もドアもぼろぼろな大きな平屋。猫はかわいいが、頭数に限度というものがある。夏場になると1匹ならともかく10数匹の猫のにおいが立ち込めるし、夜昼問わず始終猫の鳴き声がして、近隣住民は迷惑しているという話だった。
その猫屋敷のオーナーが、ある日、来店した。あまり人のことを悪く言うものではないが、あまり印象はよくなかった。よれたグレーのパーカー、下はパジャマのようなスウェット。髪の毛は乱れているし、なんせ獣のにおいがひどい。
正直に言えば……接客するのは憂鬱だった。
 
 
「今日はどういったご用件で」
「家を売りたくてね」
「えっ」
「家を売りたいんだよ」
「そ、そうですか」
 
 
あの家をどうやって売るんだろう。私の頭の中には疑問符がたくさん浮かんだ。どうせ冷やかしだろうと思い、とりあえず査定するため、家へ行った。
 
 
 
私はそこで、少なからず驚いた。家の中は整頓されており、非常にきれいだった。清掃が行き届いているだけではなく、ハッと息をのんだのは家そのものだった。柱は太くどっしりといていて、築は古いが、昔の宮大工が丁寧に仕事した家だというのがすぐにわかった。
家具も高級品ばかりで、外から見た感じとはずいぶん違う。
単純に土地の広さや室内の状況を鑑みると、築45年の木造であるにもかかわらず、3000万円ほどの値がつくだろう。
それだけ、建物には価値がある。そう、建物には、だ。
しかし、いったん庭へ続く窓を開けるとその印象は一変してしまう。猫は家の中にはいないが、外の庭の囲いの中で生きている。当然、家の周りは猫の糞尿のにおいが非常にきつく、とても長い出来るものではなかった。30匹もいれば当然だ。
「どうしてこんなに猫を……?」
「どうして。そうだね。20年ほど前、事故で家族を失ってね。妻と、5歳の息子だ。ショックだったよ。自暴自棄だった」
 
 
「そんなことがあったんですね……」
「ああ。その時、唯一私に残ったのが、当時飼っていた一匹の猫だった。その子が私のすさんだ心をいやしてくれてね。それからどうしても、捨てられている猫や野良を見ると放っておけなくてね。どういうわけか、どんどん増えていってしまって」
「ではなんで今家を……?」
「まあ、理由はそれほど難しくないさ。家族を失った時に飼っていた猫がこの前逝ってしまってね。人間も猫も生まれてくるのも一人、死ぬのも一人なんだ。僕にはこんなに大勢を、看取ってあげることはできそうにない。無責任な話だよ」
根はまじめ、常識もあり、きちんと会話ができる人。家の中をみれば人柄がよくわかる。
 
 
仕事は株を売買して儲けたお金を寄付したり、恵まれない子供に支援をしているそうだ。見た目とはまったく違う人だった。
そして、家を出る直前。男性は笑って、あなたは今まで人を見かけや持ち物で判断していたんではないですかと言った。確かに、その通りだった。
 
私はいったん会社にその案件を持ち帰り、上司に相談した。やはり売却するには、家は素晴らしいが土地がだめなことを伝え、販売するには猫のいた痕跡をきれいにするしかなく、ここは絶対に譲れないとはっきり言った。
男性は、少しの沈黙の後、前と変わらない笑顔を見せて、わかりました、と、それだけ言った。
 
 
数ヶ月後のこと。
もう一度査定に来てくれと連絡を受け、家に出向くと、獣のにおいはきれいになくなっていた。家に上がって男性に会うと、本人も小ぎれいになっている。
「どうしたんですか」
「いや。やはり過去とは決別しなくてはね。大勢の中の一匹より、きちんと愛してくれる家族と暮らすのがいいだろうって。みんな里親に出したんだ。一人も処分はさせなかった」
「そう、ですか」
「庭の土も業者に頼んで入れ替えてもらった。しばらくはにおいもあったけど今は随分きれいになったと思うんだが、どうだろう」
 
 
私は何と言ったものかと、少し悩んでから「いいと思います」と、それしか言うことができなかった。
それから査定に入った。昔の面影は跡形もなく、当時の相場金額よりも、ずいぶん高く売ることに成功した。
 
 
 
私が今でも覚えているのは、最後の「やはり過去とは決別しなくてはね。大勢の中の一匹より、きちんと愛してくれる家族と暮らすのがいいだろうって。」この言葉だ。
人生はどこに重きをおいてどんな生き方をするかなんだと、私はあの男性に教わったような気がしている。
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