終わりを知るからできること

れは、不動産業界に勤める友人から聞いた話だ。
彼は私の高校時代からの友人で、高卒で不動産営業になった。確か、営業になって3年目、70代男性が一人で暮らしていた、都内の古い一戸建てを売却したという。奥さんは2年前に他界して、息子2人は成人しそれぞれ家庭を持っている。父親の住んでいた家は、息子たちの育った家であったが、兄は名古屋、弟は北海道にすでに移り住んでいて、頻繁には家に顔を出すことは出来なかったそうだ。
父親の死亡原因は病気ではなく、老衰だった。いわゆる、いま問題になっている孤独死というやつだ。蝉がうるさく鳴く夏の暑い日、自宅でひっそりと、たったひとりで死亡した。しかし、その後、人が訪ねてくることはなく、隣の住人が匂いに気づき、通報。警察が到着し、遺体が発見された時は、死後10日ほど経っていたという。

その死の発見からすぐに唯一の身内である息子ふたりが病院から呼ばれ、到着した時に見た父の姿は、彼らふたりの思い出の中の父親とはかけ離れていた。もっと家に帰っていれば、しっかり見てあげられていたら、後悔ばかりか募るが、ふたりにできたのは、立派なお葬式を出すことだけだった。
財産という財産は残っていなかったが、たった一つ、父が残していったものがあった。それが息子ふたりを悩ませたのだ。残された遺産は、父が住んでいた一軒家だった。
孤独死が起きた住宅であること、そして何より築年数が相当行っていることを鑑みれば、売却のやり方は、中古住宅ではなく土地として売るしかないことは、火を見るより明らかだった。

息子ふたりは話し合いに話し合いを重ねた。相続の放棄も出来る。そうしたら、負債を抱えることもない。面倒な手続きも必要なくなる。本来はこのやり方のほうが遠方に住む二人にとって効率的だった。
しかし、2人の出した結論は、生まれ育ち、父の亡くなった家を相続し、しっかり後処理をしよう、というものだった。ふたりにはもしかしたら、罪滅ぼしの気持ちがあったのかもしれないと、私は思うが、邪推だろうか。

なにはともあれ、相続した二人の息子が不動産会社に相談をすることになった。それが私の友人だったわけだが、彼も事情を聞いてなんとか売ってあげようと、一生懸命画策したそうだが……やはり、一般のお客さんではなく、このまま会社へ売却し、建物を解体し売地となって販売する。この方法しかないという結論に至ってしまったとのこと。
取り壊しをするにあたって、家の中の遺品の整理をすることになった。
父の服や、薬なんかをまとめているとき、ふっと本棚からのぞいた時点を見つけたそうだ。それは、二人が小・中学校で使っていた国語辞典。ふたりに思い出がよみがえってきた。
昔、父に教わった漢字を覚える方法。単語を覚える方法。覚えた単語をひとつひとつ、付箋に書いて辞書のページに貼っていく。
父の教育でそんな覚え方をしていたことを懐かしく思い、ぺらぺらと辞書のページをめくっていた、その一ページにふっと目が留まった。
緑色の付箋。父がいつも使っていた色だ。だから自分たちは、使っていなかった。
それがあったのは、「か」のページ。「かぞく」、という単語のそばに貼られていた。
死亡する少し前に書かれたのだろうか、震える、つたない字で書かれていたのは、息子ふたりにあてたメッセージだった。
「離れていても、お前たちとはずっと家族だ。俺が死んでも、どうか悲しむことなく、ふたりで力を合わせて生きていってほしい。いつか天国でお前たちに会えたら、そのときは、またかぞく四人で一緒に暮らそう。父より」
息子ふたりは、ぽろぽろと涙を零した。
その涙は、しばらくの間、止まることはなかったという。

国語辞典や、そのほかにも思い出の詰まったいくつかのものを持ち出し、そのほかは丁寧に処分をして、ついに取り壊しの日がやってきた。
不動産会社に勤める友人の男性も同席し、家を壊すのを、二人は近くで見ていたという。20年以上住み続け、家族の思い出の詰まった家を取り壊すのは忍びなかっただろう。それでもふたりは取り壊しが終わるまで、見るのをやめなかったという。そして最後に、友人に、「ありがとうございます」と言った。
実は私も、先日家を売った。買うよりも売る方が、どうしてもつらい。だけれど、私も二人のように、家の終わりを、生活の最後を、見届けようと思う。
明日へつながる未来のために。
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