『急いてへ事をし損じる』

族4人で住んでいたマンションが寂しくなり始めたのは、長女の就職が決まり家を出たときのことでした。その直前に長男が都内の大学へ進学を決め、実家を出て、一人暮らしをスタートさせていたので、あんなに騒がしかった家が、ふ、っと寂しくなったのです。
4LDKのマンションは、妻と二人だけになり、掃除以外で入ることのない部屋が増えてしまいました。長女も長男も、実家に帰ってくることは少なく、2人だけだと広すぎる家になっていきました。
長男が大学を卒業してから、もしかしたら実家へ帰ってくるのではと思っていましたが、彼女を作り、結婚も考えていると聞き、私と妻は、いっそのこともっとコンパクトなマンションへの住み替えをしたらいいのではないかと思うに至ったのです。
そして、ついに、私と妻は、今まで住んでいたマンションを売りに出す決意をしました。

売りに出す、と言っても、私たちは家を売ったことなんてありませんでした。まずは、なんの下調べもせずに、近くの不動産会社に電話でマンションの売却にはどうしたらいいのかを問い合わせました。不動産会社なんてどこも一緒だと思っていたのです。
「ええと、家を売るという話でしたよね」
不動産会社に立ち寄ってみると、忙しそうにしている男性が私たちの担当でした。男性は私たちを前に、早口でまくしたてました。
「――で、――ですから、――ですので」
「待ってください。専門用語はよくわからなくて、説明してください」
「あーいえ、じゃあ、先に媒介契約を……ああ、いや。うちは大手なので知名度があります。安心して任せてくださればいいですから」
私と妻は目を見合わせました。明らかに不審だったからです。契約するのは一旦保留にしました。
家に帰って、インターネットでその業者を調べてみると、私たちが想像していたこととはまったく違うことが書かれていました。評判はすこぶる悪く、査定などの結果も散々だと。
たくさんの不動産仲介業者の話をきいてみましたが、知識がつく反面、結局どこの不動産仲介業者がいいのかまったくわからなくなってしまいました。もう、買い取ってくれるならどこでもいいかもしれないと思っていたそんな時、長女が久しぶりに帰省しました。
「家売るの?!」
「うん。あんたも弟も帰ってこないっていうしね。お母さんとお父さんだけじゃ掃除も大変だし、ちょっと小さいところに引っ越したいのよ」
「そうなんだ……。まあいいけど……。でも、ちょっとざんねん」
「なんだ、反対か?」
「ううん。でもさ、私も26年この家に住んできたわけだから。思い出もあるしさ」
私たちは、はっとしました。どうでもいい業者になんか、売ってはダメだと。だってこの家は、何十年も私たち家族を見守ってくれ、そして、私たちを守り、育ててくれた家なんですから。

それからまた、知り合いのつてを使ったり、インターネットでいろいろと調べたりして、少し遠くはありますが、1件の不動産業者にたどり着きました。『不動産ステーション』と看板に書かれておりました。
今までの経緯を話すと、担当の優しげな女性が親身に話を聞いてくれました。そして、なるべくわかりやすく、穏やかな口調で説明してくれたのです。
私たちはこの女性営業さんに好感を持ちました。家の内覧と査定をお願いすると、彼女は快諾してくれました。査定の結果は、私たちが思っていたよりも幾分か高い結果。売り手となる人も、身元の知れない人、怪しいような人、大切にしてくれなさそうな人ではなく、しっかりした人のようでした。家族連れかと思ったのですが、一人でした。
詳しくは聞きませんでしたが、在宅で仕事をする人のようで、いくつかの部屋を使って仕事をするんだ、これくらいの広さは理想的だ、大切に使いますと彼がきらきらした目で言っているのを見て、私たちは売却を決めました。
私たちの次の家も、彼女の紹介で都心に近く、手ごろなマンションを見繕いました。

家を売ろうと決めてから何か月か、いろいろなところを渡り歩いてきましたが、彼女に出会うためにこの時間があったのではと思うほど、すんなりと話を進めることができたのです。

わたしたちは、娘の言葉に、学びました。
自分たちの大切な家を、ほかのだれかに売るのに、任せられないような業者に頼んではダメだ。今までの私たちの思い出も、大切に、一緒に売るのだから。
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