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家づくりの知識

不動産の売却話 「私の居場所」

不動産業界の営業は楽な仕事ではない。むしろ大変なばかりで、成約も多くないなか、ノルマは追ってくるし数字は毎日迫ってくる。そんなこの仕事を、私が続けていられるのは一枚の手紙があるからなのだ。

その男性と出会ったのは、今の会社に勤めて三年目のことだった。仕事もだいぶつらく、3年という節目を機に転職すら考えていた時期のこと。外回りの営業を終え、事務所に帰ってきたところで、事務の女の子からメールでの依頼を渡されたのがきっかけだ。

「なにこれ」
「売却の依頼ですよ。メールフォームから来てました」
「何で私?」
「部長に言ったら誰でもいいから帰ってきたやつに渡せって」
「なんだそりゃ。とりあえず預かるわ」

メールフォームのプリントアウトには、無機質なゴシック体の文字が並んでいた。
メールによると、売却したい資産は最寄駅からほど近い一戸建て。依頼人は男性のようだ。住所と電話番号が書かれていたので、とりあえず電話をかけてみる。
数回のコール音の後、電話がつながった。

『もしもし』
「もしもし。メールでお問い合わせいただいた不動産売買についてのご連絡だったのですが」
『ああ、ありがとうございます』
男性は丁寧な口調で電話に応対してくれた。事情はどうあれ、家を売りたいので一度家に来てくれないかという依頼だった。感じのよさそうなその男性に、私は二つ返事で了解した。
男性の家には、翌日の昼過ぎに向かった。
私の予想は、全く裏切られてしまった。

出迎えた男性はグレーのスラックス姿で、無精ひげが生え、家の中はとてもお世辞にも清潔という事は出来なかった。散乱するごみ袋を踏まないように気をつけながら、とりあえず片づけはしたのか、居間らしき所へ通された。
それでもやはり、たたまれることなく散らばる服や飲みっぱなしの缶ビールなどが目に付く。私はすでにこの依頼を受けたことを後悔し始めていた。
「ええと。この家を、売りたいという事ですけど」

「はい」
かすれた声で男性は頷いた。
「娘が数年前に外国人と国際結婚して、この家を出て行きまして。出ていった先っていうのが、まあ、旦那の故郷の外国だったんです。それからしばらくして妻が病気になりまして。そのままこの世を去りました」
「ご愁傷さまでございます」
居間の端には確かに仏壇があり、そこからは線香の香りがかすかにする。男はまた小さく咳をしてから話し始めた。
「悪いことは立て続けにおこるもので、私、ついこの間リストラにあいましてね。家のローンの支払いは終わっているんですけど、固定資産税を滞納していまして、差し押さえがついてしまったんです」

「それは、また……」
「ああ、いや。どうも申し訳ない。その後、仕事もなかなか見つからず、どうしていいかわからなくて。引っ越しもしたいし、家を売ろうかと、思うんですよ」
「なるほど」
男性の言うことは、わからないでもない。だがこのままでは、どうにも買い手が付きそうにはなかった。何といっても中が汚い。壁はたばこのやにで黄ばんでいるし、正直に言えばにおいもきつい。売却するには、ごみを処分し、大幅にリフォームするしかないだろう。
「売却のお手伝いはできると思います。ですが、まずは――」
男性はそのあと、私の言うことを素直に聞いた。とにかく内装をきれいにする、それが最低条件だった。

「価格はリフォーム費用分を引いてください。リフォームをすれば1780万円位ですので風呂、キッチン、床、クロス、トイレ、たたみは最低限交換だ、そうなると少なく見て、350万円~400万円位は下げないと・・・」
「わかりました」
そして、その約束を、彼は忠実に守ってくれた。それでもしばらくは買い手がつかなかったが、手続きから半年、やっと売却が出来た。
男性の手元には、いくばくかの金銭が入った。それほど多くはないが、決して少なくもない額。男性は家を売却した金でアパートを借りて、生活を立て直すことにすると言う。うまくいくといいですねと、私は彼を送り出した。
それからまた、数か月。転職どころか退職すら決意しかけていたときのこと。

「お手紙です」
「は? 手紙?」
「はい。お客様からみたいですよ」
事務の女の子はいつもシンプルな言葉で仕事をこなす。私は手紙の封を開けた。
それは、あの時の男性からの手紙だった。
「あの時は、本当にお世話になりました。

あの時のお金を元手に、アパートを借りて生活しています。
実は最近、孫ができて、娘も日本によく帰ってきてくれるようになりました。
あのときは自暴自棄になっており、大変迷惑をかけました。
あのとき、あなたに手伝ってもらえなかったら、あの家に娘を迎えることも、孫を迎えることもできなかったでしょう。
本当にありがとうございました。」

この世の中に神がいようといまいと、どちらでも構いやしないけれど。
「奇跡」というものの存在を、わたしは信じている。
だって、私はその手紙がきっかけで、10年たった今でも同じ仕事を続けているんだから。